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タグ付けが無意味な時代

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先日、気になる記事を見かけた。

大手監査法人「冬の時代」

私が六年ほど前に青山にある某大学に行ってたとき、会計大学院の黎明期で公認会計士試験のハードルが下がるし、そもそも公認会計士が少ない、ということになっていた。

でも、こうした記事を見ていると公認会計士という仕事もなかなか厳しい。私の知る公認会計士の友人たちは20代のときは監査法人で修行を積み、30代あたりで「事業会社」に転職する人たちが多いように思う。時代の流れを鑑みると彼らは合理的で「勝ち組会計士」と言えるのかも知れない。ただ、こういう人たちは例外で、監査業務しか経験したことのない潰しの効かない人たちのほうが多いだろう。

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それで公認会計士が云々ということではなく、弁護士や歯科医も飽和状態にあり、同様の話を聞くことがある。

すでに難関資格でも「食えない時代」なのかと思うとなんともやるせなさを感じる。ただ、そうは言っても実際に「食えている人たち」も大勢いるわけだから一概にその資格に問題があるということでもない。

まぁ、要するに食えるか食えないかは本人の問題であって本質的にそれらの資格や制度に欠陥があるわけではないということだ。どんな商売も同じ。なので、「士業弱者」を養護したところで何ら問題は解決しないことは言うまでもない。

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そうは言ってもいずれにせよこうした「士業」の人たちは生きる上での「タグ」が一つあるわけだからサラリーマン諸氏に比して有利ではある。「○○士の××です。」は世間的にはもっとも分かりやすいタグだ。そしてこのタグは良かれ悪しかれ生涯消えることはない。

ただ、前述したが「食えない」となるとこの「士業のタグ」がいつまで有効なのかは謎だ。

そして、サラリーマンならば「○○株式会社の△△」というタグ付けが「一般的」だが「勤務先」というのは借金する時には有利だが、それはいつ失うか分からないし、「その時」はある日突然やってくる。それほど脆い。

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そして脆い理由は簡単で;

自らの努力や信用を担保している訳ではない

という点に尽きる。特に初対面の人などは会社の大小や有名か無名かでタグの「質」が決まるのが日本の社会の慣例なので、その人の職種や役職に影響力があると思えない。職種や役職にはタグの補足説明的な機能しかない。

まぁ、極端なことを言えば会社名がその人の「過去=努力と信用」ということになる。人として生きていてこの程度のことで「人となり」を第三者に決められてしまうというのは寂しいと思うがそれが現実だ。人間性や性格などは関係ない。付いている「タグ」がすべてだ。そしてこのタグを失った瞬間にその人は「不審者」となってしまう。

すでに好むと好まざるに関わらず、付いてるタグの価値も希薄だし、さらにはいつ失うか分からないものでもある。すなわち今自分に付いている「タグ」は本来の機能を失うということだ。

さて、それでどうするか?

結局のところ個人としての信用を高めるとか、複数の専門性を持つ(=複数のタグを持つ)ということだろう。まぁー、とりあえず個人の信用を高めておくことだ。信用はその人の発言や行動の質で決まるものだ。そして;

信用は付き合いの中からしか生まれない

のである。対外的に時間をかけ、継続性のある関係性を育む中で積み上げるしかない。

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そして、一切のタグを持たない私はこうしてブログで発言することで皆さんと継続性のある関係性を構築し、小さな信用を積み上げている。