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「同じ人間がやってるんだから」、と思うことが最初の一歩じゃなかろうか?

これは昨夜の私の夕食というか「ツマミ」です。

サバ味噌とサバの塩焼き♪

近所にある人気の魚屋さんでサバの二枚おろしが四枚で315円とお安く、鮮度も抜群だったので咄嗟にかってしまいました♪調理の仕方ですが・・・・?違うな、そういうブログじゃない(ニンマリ)

基本的に私は「自炊派」です。理由はいくつかありますが;

・外食は飽きるし、それなら飲みに行く。

・飲みに行って自分の食べたいものがあるとは限らない。

・クリエイティブなことがしたい。なんか作りたい。

などなど。しかも「外」は飯でも呑みでもお金がかかるのです。家で呑むと外で呑むコストの1/3で済みます。これはけっこう重要なことです。ただ、コストパフォーマンスに限らず、料理って身近なクリエイティブワークだし、「作る必然性」のあるものでもある(食べないと死んじゃうしw)。特に「クリエイティブワーク」という意味で言うと、世間のお父さんたちが休日に凝りにに凝った料理をするのは人間の本能が「クリエイティブワーク」を求めているからです。

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それで料理に限らずですが最初から「できない」とか「苦手だからやらない」という人が世の中にはたくさんいます。どんな些細なことでも必ずそこには「『できない』と思っている人」がいるもんです。総じてそういう場合は「謙遜と拒絶」が垣間見えるのですが、「謙遜」はまぁ、良しとしても「拒絶」は違うんじゃなかろうかと。

要するに何事も「同じ人間がやっているのだから自分にもできるかも?」と思えるかどうか、じゃね?

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ここで、少しだけ最初の「私の料理」に話を戻します。

なぜ私がそこそこ料理をしているかというと、前述した「同じ人間」という部分があるから。同じ人間がやっている、レシピも公開されている、それじゃ私にもできるじゃん?ということです。しかも、これが実際にやってみると「意外とできる」わけですよ。そして人の真似でもクリエイティブワークをしているという自覚が芽生え、苦にならなくなるのです。

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ここで重要なことは、「できる(『かも?』含む)」と思えればそこに可能性は残るんです。確率で言うと1%かも知れないし、0.00001%かも知れない。

でも「0(ゼロ)」では無いんです。

これはなんでも同じ。

「できない」と思った瞬間にその可能性は無くなるんですよ、人生の選択肢から。ただ、「やらない」と決めたこととは違うんです。「できない」と思ったらもう何の可能性も残らないってことです。だったら「やらない」と決めた方が良いんです。

なぜなら「やらない」と決めると言うことは他に優先して「やるべきことがある」ということだからです。

でも、「できない」は完全にゼロ(0)なんです。当然ですが「0」からは何も生まれませんからね。

ひとまず何かの参考になれば幸いです。

※家でチビチビ呑みながらブログ書くと余計なこと書いているような気がしてならない今日この頃。そして呑んでいるときじゃないとブログ書かないというジレンマ。

大人って我が儘♪