
私はお酒が好きである。時折「あいつはアル中ではないか?」と囁かれているようだが実際にはアル中ではないし、本当のアル中というのは私の比ではないことを私自身がよく知っているので明らかに違う。
ただ、飲み過ぎた翌日などは脳神経の機能がおかしいと感じることは多々あるのでそういうときは迷わず自制している(というか自制するようになった)。
それで先日本屋でなぎら健壱の著書「酒にまじわれば」とかいう酒にまつわるエッセイ本を見つけ買ってしまった。
ちなみに私は読書をしない方だと思う。年間10冊くらいだろうか。ただ、読書はしないが書店は好きなのでちょくちょく行っている。おかしな話だが今時の「本」は表紙と目次で概ね内容が想像できてしまうのでよほどの専門書や技術書じゃない限り買うことはない。
そんな私であるがなぎら健壱の酒の本は買ってしまった。
読むにつれ、「酒で本を書く」というのは大変なことだと感じた。いや、もっと言ってしまえばテレビや書籍で「酒」をネタに活動している作家やタレントというのは「プロの酒飲み」だ。
当然「プロ」なのでそこに至るまでには恐らく相当の酒量を経験しているはずだ。そういう人たちがアル中にもならず、事故にも遭わず生きながらえて創作活動しているというのは実は凄い。しかも「これ」でお金を頂戴できるのは50歳を過ぎてからだ。修行期間の極めて長い。
また、20代、30代でもそうした「プロの酒飲み」はいるが所詮グルメ本の延長であって面白くない。文章も浅いしそもそもそういう連中は大して飲んでもいない。結局「何を飲んだか」よりも「誰と飲んだか」が面白味のヘソであってどこぞの○○という飲み屋は、なーんてのは己の都合であって読み手にはどうでもいいことだ。酒飲みという「人種」はガイドブックに書いてある飲み屋をチェックしてまで行くような人種ではない。
また、敬愛する「タモリ倶楽部」を見ていても30代後半くらいのタレントでは同席している「プロ」のオヤジたち(なぎら、井筒、さけつま編集者たちなどなど)の足下にも及ばない。そうは言っても番組の構成上毒にも薬にもならない共演者がいれば「プロ同士の個性のぶつかり合い」が薄れて丁度良いのだろうと察する。
などと考えてみると私のような素人呑兵衛なんぞはまだまだだ。一度は酒に関するコンテンツを創ってみたいとは思っているがまだまだ経験が浅い。私が酒業界でメジャーデビューできるとしたらあと10年以上の修行を要することになる。
いつかタモリ倶楽部に出てみたいと念じているが、やはり世の中上には上がいる。
結局のところ私はアマチュアとして近所の安い飲み屋を徘徊するのが関の山である。

